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【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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【歴史・一日一話】2010.07.02第1123話 田中義一内閣が張作霖爆殺事件による不信任で総辞職。
配信日:2010年07月01日
【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
第1123話 田中義一内閣が張作霖爆殺事件による不信任で総辞職。
1929年(昭和4年)7月2日、田中義一内閣が『張作霖爆殺事件』
による不信任で総辞職しました。
この『張作霖爆殺事件』とは、1928年(昭和3年)6月4日、満
州(現在の中国東北部)の実力者である張作霖(ちょうさくりん)を
奉天(現在の審陽)郊外で列車ごと爆破して暗殺した事件です。
この暗殺事件には、満州に駐留していた関東軍が関与していました。
田中義一内閣は、この事件処理の不手際により、総辞職しなければな
りませんでした。
では、『不信任』を表明したのは、誰だったのでしょうか。
現在の憲法では、国会が内閣不信任を可決すると、内閣は総辞職する
か、内閣が国会を解散して総選挙を行なうか、いずれかです。
しかし、当時の憲法では、そうではありませんでした。
昭和天皇が総理大臣の田中義一向って、「お前のいうことは信用でき
ない」と言ったといわれています。
田中義一の『張作霖爆殺事件』の報告を、昭和天皇は信用できなかっ
たのでしょう。
昭和天皇の叱責が、田中義一には大きな精神的打撃となったようで総
理大臣辞職後、同年9月29日に死去しています。
このできごとは、昭和天皇が内閣を辞職させた、唯一の例といってい
いでしょう。
昭和天皇が政治に積極的に関与した例は、これ以降では、226事件
と太平洋戦争終結だけといわれています。
当時の憲法では、天皇は絶対的、独裁的な権力を行使したと思われて
いますが、実態はそうではなかったと作者は考えています。
国民に『絶対的な支配者』と思わせた姿と、現実の姿のあまりな違い
が、『大日本帝国』を崩壊させた、これも作者の考えです。
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■【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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(第1123話)(2010年07月02日号)
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・ 作者は、中澤勇二(台湾名 陳澤民)です。
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