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【歴史・一日一話】2009.06.25 第778話 フォントノワの戦い。ヨーロッパ最初の国家同士の戦争?

配信日:2009年06月25日

【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
・第778話 フォントノワの戦い。ヨーロッパ最初の国家同士の戦争?

  紀元841年6月25日、現在のベルギー・フォントノワでフランク王
  国の国王の息子達が戦いました。

  日本では、平安時代の初めで、平安京へ都が移されてから47年目です。

現在のドイツ、フランス、イタリアは、当時はフランク王国によって統
一されていました。

フランク王国はゲルマン人の一派であるフランク部族が建設した国です。

フランク王国の最盛期は、9世紀のカール大帝の時代でした。

  紀元800年12月、カール大帝はローマ法王から『ローマ皇帝』に任
  命されました。

  これにより、『西ローマ帝国』が復興したといわれています。

この『西ローマ帝国』は、カール大帝という偉大な王の個人的な力によ
って成り立っていました。

  カール大帝の後継者には、再建された『西ローマ帝国』を統治できる力
  はありませんでした。

カール大帝の子のルイ敬虔王が840年に死去すると、遺児たちの間で
後継者争いが起こりました。

東フランク(現在のドイツ)のルートヴィヒ、西フランク(現在のフラ
ンス)のシャルル、そして中フランク(現在のイタリア)のロタールが
後継者争いの有力者でした。

  ルートヴィヒとシャルルが連合してロタールと戦いました。

  これが『フォントノワの戦い』です。

  敗れたロタールは、紀元843年、ルートヴィヒとシャルルを講和条約
  を結びました。

  フォントノワの戦いにより、後のドイツ、フランス、イタリアの原形が
  生まれました。

  この戦いでは、10万以上の兵員が動員されました。

  当時としては、大規模な戦いです。

  死者は4万人と推測されています。

  そのため、フランク王国の国力が疲弊しました。

  それにより、やがて始まるであろう、北方のノルマン人の侵攻が容易に
  なったといわれています。


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