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【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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【歴史・一日一話】2010.11.25第1269話 第三次イギリス・ビルマ戦争が始まる
配信日:2010年11月24日
【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
第1269話 第三次イギリス・ビルマ戦争が始まる
1885年(明治18年)11月25日、三度目のイギリス・ビルマ戦
争が始まりました。
この戦いに敗れたビルマ最後の王朝・アラウンパヤー朝が滅亡しました。
イギリスは1600年に東インド会社を設立してから、インドを植民地
下してきました。
当時のインドにはムガール帝国というイスラムを基盤とする王朝があり
ましたが、内乱とイギリスの侵略により、衰退に向っていました。
ビルマでは、1752年にアラウンパヤーが開いた王朝が興り、領土拡
張を目指して隣国シャム(現在のタイ)、清の雲南省に侵攻を繰り返し
てきました。
西隣のインドをイギリスが侵略する状況を見て、領土を西方へ拡張張さ
せようと試みました。
1818年に、ビルマ王はベンガル地方の東半分の領土の割譲を要求し
ましたが、当然ながらイギリスは応じません。
1822年、ビルマ軍がベンガルに侵入しました。
しかし、この軍事行動はイギリスを刺激するという、非常に無謀な行為
だったのです。
1824年、イギリスがビルマ攻撃を開始しました。
1826年、両国はヤンダボ条約を結び、ビルマはベンガルを諦めさせ
られ、さらに最南部アラカンとテナセリムをイギリスに割譲しました。
これが、第一次イギリス・ビルマ戦争です。
シク戦争(1845年年〜1848年)の勝利で、イギリスはインドの
ほぼ全域を統治下におさめました。
ふたたび、イギリスの目は隣国ビルマに向けられました。
1852年、イギリスは再びビルマに侵攻してペグーを占領、南部ビル
マを自国領に併合しました。
これが、第二次イギリス・ビルマ戦争です。
1857年、イギリスはインドのセポイの反乱を鎮圧し、これによりム
ガール帝国が滅亡しました。
同じ頃、フランスはベトナムへの侵略を開始し、清仏戦争(1884年
(明治17年)〜1885年(明治18年))でインドシナの支配権を
確立しました。
オランダは現在のインドネシアを支配下におさめていました。
第三次イギリス・ビルマ戦争開始の翌年の1886年(明治19年)、
ビルマ王がイギリスに降伏し、北部ビルマもイギリス領となり、イギリ
ス領インドに編入ました。
ビルマ軍の一部は、イギリスに抵抗しましたが、1890年(明治23
年)に完全に鎮圧されました。
降伏したビルマ国王夫妻はイギリス領のインドのボンベイに流刑になり、
その地で死去しました。
ビルマは1937年(昭和12年)、イギリス領インドから分離して自
治領となりました。
太平洋戦争中は、日本軍に占領され、1943年(昭和18年)8月1
日、『独立』を宣言しました。
しかし、それが完全な『独立』であったかは、はなはだ疑問です。
『独立』したビルマ政府の国防省となったアウンサン将軍は、やがてイ
ギリスに通じるようになりました。
第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)1月27日、彼は英国首
相クレメント・アトリーと、1年以内の完全独立を約束する『アウンサ
ン・アトリー協定』に調印しました。
しかし、同年7月19日、アウンサンは政敵によって暗殺されました。
わずか32歳の若さでした。
完全な自主独立の回復は、1948年(昭和23年)1月4日、イギリ
ス連邦を離脱してからです。
現在、ビルマ民主化の『象徴』であるアウンサン・スー・チー女史は、
アウンサン将軍の長女です。
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■【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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(第1269話)(2010年11月25日号)
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