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【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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【歴史・一日一話】2010.10.21第1234話 アメリカ領事ハリス、将軍・徳川家定と会見
配信日:2010年10月20日
【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
第1234話 アメリカ領事ハリス、将軍・徳川家定と会見
安政4年(1857年)10月21日、アメリカ領事ハリスが江戸城に
登城し、十三代将軍徳川家定と会見しました。
タウンゼント・ハリスは、1804年、アメリカ・ニューヨーク州に生
まれました。
嘉永7年(1854年)、日本とアメリカとの間で調印された日米和親
条約では、日本にアメリカ領事の駐在権が明記されていました。
ハリスは日本駐在の領事への就任を望んで、政界への運動を行ないまし
た。
1855年、その運動が実を結び、大統領フランクリン・
ピアースから初代駐日領事に任命されました。
安政3年(1856年)8月、ハリスは伊豆の下田へ到着しました。
現在でも同じですが、国家を代表する外交官が任国へ赴任した場合、任
国の国家元首に挨拶を行なわなければなりません。
当時は、日本の国家元首は『徳川将軍』と認識されていました。
ハリスは、下田奉行所を通じて幕府へ、将軍への会見と大統領親書の提
出を要求しました。
幕府の外交当局者は、ハリスの要求を、ノラリクラリと引き伸ばしてい
ました。
しかし、万策尽き果てたのでしょうか、この日、会見が実現したのです。
着任以来、実に1年2ヶ月が経過していました。
さて、会見相手の徳川家定についてです。
家定は、文化文政という爛熟した時代を生きた十一代将軍家斉の孫です。
祖父の家斉は、67歳という当時としては長寿で頑健でしたが、孫の家
定は虚弱体質でした。
幕末が始まる重大な時代を担うには凡庸な人物でしたが、だからといっ
て『馬鹿』ではありませんでした。
家定はこの会見において、アメリカから遠路はるばる赴任したハリスの
労をねぎらい、日本とアメリカの友好を望んでいると、明瞭に述べてい
ます。
徳川将軍が外国の外交使節と会うことは、これが最初ではありません。
李朝の朝鮮国から、徳川将軍の代替わり毎に『通信使』という名の外交
使節が訪れており、江戸城で将軍に会見しています。
他には、長崎出島のオランダ商館の商館長が、貿易の御礼のため、江戸
城で将軍と会見しています。
しかし、当時の日本はオランダとは国交がなく、『政経分離』でしたか
ら、オランダ商館長を外交使節と見ることは異論があるでしょう。
そういう意味で、徳川将軍が始めて会見した欧米諸国の外交使節がハリ
スなのです。
日本とアメリカの『交際』は、ペリー提督の『黒船』という軍事力を背
景にした威嚇とハリスの手練手管による恫喝で始まりました。
150年後の今日、その後遺症から抜け出せていないようです。
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■【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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