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【歴史・一日一話】2010.09.30第1213話 銭屋五兵衛事件

配信日:2010年09月29日


【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
 第1213話 銭屋五兵衛事件

嘉永5年(1852年)9月30日、海運業者・銭屋五兵衛が加賀・河
北潟干拓計画に策謀した疑いで逮捕されました。

  逮捕された銭屋五兵衛は、加賀(現在の石川県)の商人、海運業者であ
  った銭屋の七代目の当主でした。

  銭屋は戦国時代に織田信長によって滅ぼされた越前・朝倉氏の末裔と称
  していました。

  金沢を拠点として、日本海航路を使った商業、海運業により、当時の日
  本の豪商の一人でした。

  五兵衛は、鎖国体制下でありながら、外国との密貿易を行なっていまし
  た。

  ひそかに出国し、香港、アモイで外国商人と取引をしたと伝えらていま
  す。

  前田家は、献上金との見返りに、五兵衛の密貿易を黙認していたといわ
  れています。

  やがて、五兵衛は前田家の勝手方御用掛として行政実務のトップにあっ
  た奥村栄実と結び、御用商人としての取引で巨利を得たといいます。

  勝手方御用掛とは、現在の内閣のポストでは、財務大臣ですが、それだ
  けでなく総理大臣でもあったというべきかも知れません。

  しかし、奥村栄実が死去すると、改革派・黒羽織党が実権を握り、それ
  により五兵衛と銭屋の前途に暗雲がたちこめます。


  五兵衛は、前田家から河北潟の干拓事業を請け負っていました。

  その干拓事業は難工事となり、さらに伝染病が発生したため、周辺の農
  民、漁民からの反発が強まりました。

  それを理由に、五兵衛は逮捕されました。

  同年11月21日、五兵衛は獄死、享年80歳でした。

  自殺なのか、前田家によって一服盛られたのか、死因はわかりません。

  改革派・黒羽織党は、『保守派』奥村栄実らの弾劾に五兵衛を利用しま
  したが、五兵衛の供述から幕府に知られては困る内容がでることを恐れ
  たのかも知れません。

  現在でいえば、表面的には『公共事業にからむ疑獄事件』ですが、実際
  には前田家の実権をねらう壮絶な戦いに、五兵衛が巻き込まれたという
  べきでしょう。

  この事件により、銭屋は全財産を没収され、家名断絶とされました。


  五兵衛は死後、密貿易により巨利を貪った悪徳商人としての汚名をきせ
  られました。

  銭屋没落の原因となった河北潟の干拓は、1953年(昭和28年)から
  国営事業として開始され、1985年(昭和60年)に完成しました。

  石川県金沢市の銭屋の旧宅の一部は『銭五(銭屋五兵衛の略)の館』と
  して公開されています。

  隣接して『銭屋五兵衛記念館』が併設されており、『海の百万石』とい
  われた五兵衛の繁栄と夢の世界が広がっています。


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