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【歴史・一日一話】2009.05.07 第729話 明治初期。樺太・千島交換条約締結

配信日:2009年05月07日

【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
 第729話 明治初期。樺太・千島交換条約締結。

  1875年(明治8年)5月7日、日本とロシアの間で樺太・千島交換
  条約が締結されました。

それまでの日本とロシアとの国境は、安政元年(1855年)の日露和
親条約に規定されていました。

それは、千島列島(クリル列島)の択捉島(エトロフ島)と得撫島(ウ
ルップ島)との間です。

  樺太については国境が確定できず、日本とロシアの『混住の地』とされ
  ました。

その後、ロシアの樺太開発が進展すると、日本とロシアの住民同士の紛
争が多くなりました。

慶応2年(1866年)、江戸幕府は国境交渉の使節をロシアの当時の
首都サンクト・ペテルスブルグに派遣しました。

  しかし、この交渉でも樺太の帰属は決定しませんでした。

  明治になり、政府内部で樺太問題が再燃しました。

  論争が続きましたが、樺太放棄論が勝利をおさめました。

  榎本武揚(えのもと・たけあき)が特命全権大使となって、サンクトペ
  テルブルクでロシア側と交渉しました。

  そして、樺太・千島交換条約が締結されました。

  この条約の正文は、日本語、ロシア語でなく、フランス語です。

  日本語訳も作られましたが、国際法では効力がありません。

  フランス語から日本語への翻訳時点で、誤訳がありました。

  それは『千島列島』の範囲についてです。

  領土紛争の対象となっている『千島列島』について、日本とロシアの主
  張には差があります。

  その原因のひとつが、この『誤訳』に発しているといわれています。


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