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【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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【歴史・一日一話】2010.06.07第1098話 「ポーランド・東独国境協定」成立。両国の国境がオーデル・ナイセ河に確定
配信日:2010年06月06日
【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
第1098話 「ポーランド・東独国境協定」成立。両国の国境がオーデル・ナイセ河に確定
1950年(昭和25年)6月7日、ポーランド人民共和国(当時)と
ドイツ民主共和国(当時、略称は東ドイツ)は国境協定に調印しました。
第二次世界大戦で敗北したドイツは、アメリカ、イギリス、フランス、
ソ連によって分割占領されました。
ソ連に占領された東部ドイツが、1949年(昭和24年)、ドイツ民
主共和国として独立しました。
アメリカ、イギリス、フランスの占領地域はドイツ連邦共和国(略称は
西ドイツ)として、同じ1949年(昭和24年)に独立しました。
第二次世界大戦前、ドイツの領土は東方に伸びていました。
そこは『東プロイセン』と呼ばれ、1870年から1918年まで続い
たドイツ帝国の皇帝となったホーエンツオルレン家の発祥の地でした。
ポーランドと東ドイツは、オーデル・ナイセ河を国境とすることを承認
しましたが、西ドイツは認めませんでした。
作者が所持している当時の地図(英語版)には、1939年(昭和14
年)当時の国境線も点線で書き込まれていました。
しかし、1970年(昭和45年)、西ドイツはオーデル・ナイセ河を
国境線として承認しました。
1990年(平成2年)、ドイツが統一されると、新生ドイツとポーラ
ンドが、オーデル・ナイセ河を国境線とする条約を改めて結んでいます。
日本とドイツは、第二次世界大戦での敗北で領土を失っています。
しかし、失った領土の重みは違います。
日本が獲得した最初の領土は台湾、それは1895年(明治38年)、
今から105年前です。
しかし、ドイツが失った東プロイセンは、13世紀のドイツ人の『東方
植民』にさかのぼります。
完全にドイツのものとなっていた土地の割譲については、ドイツ人の心
の中には、割り切れないものがあるかも知れません。
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■【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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(第1098話)(2010年06月07日号)
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・ 作者は、中澤勇二(台湾名 陳澤民)です。
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