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【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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【歴史・一日一話】2012.01.22第1683話 清朝末期。義和団の乱
配信日:2012年01月21日
【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
第1683話 清朝末期。義和団の乱
1900年(明治33年)1月22日、北京駐在のヨーロッパ諸国の外交団
が義和団の鎮圧を清朝に要求しました。
19世紀末の中国は清朝の末期で、ヨーロッパ諸国の進出により半植民地の
状態になっていました。
鉄道、汽船の登場により職を奪われた人々、キリスト教の布教により従前の
信仰を破壊されることを恐れた人々、その他の現状に不満を持つ人々の間に
は、外国人を排斥する『排外主義』の気分があふれていました。
そして『排外主義』を主張する秘密結社が誕生していました。
それらの秘密結社は『扶清滅洋(清をたすけて洋を滅ぼす)』を掲げて清朝
政府からの弾圧を回避していました。
清朝政府も、民衆の不満を他に向けさせるため、ひそかにこれらの秘密結社
を援助していたのです。
その団体のひとつに『義和団』がありました。
「義和団に入れば、敵の弾丸には当たらない」などのスローガンで団員を集
めていました。
これらの団体の勢力拡張を恐れたヨーロッパ諸国は、清朝に鎮圧を要求した
のです。
しかし、義和団を含む団体の活動は活発になり、ついに武力衝突になりまし
た。
しかも、義和団とヨーロッパ諸国の駐留軍との戦いばかりでなく、清朝政府
軍も加わりました。
兵力はヨーロッパ諸国、日本が最大7万に対して、義和団、清朝が20万と
圧倒的でしたが、訓練と近代装備においては劣っていました。
『義和団の乱』は1900年(明治33年)6月20日から1901年(明
治34年)9月7日まで続きました。
この戦いの期間に、ロシアは大軍を満州(現在の中国東北部)へ進駐させ、
実質的に占領してしまいます。
ロシアの行為は、満州における日本の利益侵害につながるものであり、両国
の関係は悪化しました。
これが1904年(明治37年)の日露戦争につながったといわれています。
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■【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
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(第1683話)(2012年01月22日号)
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・ 作者は、中澤勇二(台湾名 陳澤民)です。
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