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【歴史・一日一話】2009.06.23 第776話 18世紀のインド。プラッシーの戦い

配信日:2009年06月23日

【歴史・一日一話】(毎日2分で読める歴史)
・第776話 18世紀のインド。プラッシーの戦い

  1757年6月23日、インド・ベンガル地方のプラッシーにおいて、
  イギリス・東インド会社軍がフランスとベンガル土侯の連合軍を破りま
  した。

17世紀初め、イギリスは現在のインドネシアへ進出しようとしました。

しかし、オランダとの争いに敗れ、進出先をインドに変えました。

その先兵になったのが、イギリス東インド会社でした。

  フランスもインド進出を図り、カルカッタに商館を建設しました。

この当時は、フランスがイギリスを圧倒していました。

  当時のインドは、イスラムを奉じるムガール帝国が存在していました。

  ムガール帝国は各地に『太守(ナワーブ)』という地方長官を置いて統
  治させていました。

  しかし、中央の権力が弱まると、太守が中央からの独立傾向を示してい
  きました。

イギリス東インド会社とベンガル地方の太守の間で紛争が勃発し、軍事
衝突に発展しました。

  この軍事衝突が『プラッシーの戦い』と呼ばれています。

  ベンガル地方の太守はフランスに支援を求めました。

  フランスとベンガル土侯の連合軍はイギリス東インド会社軍の10倍の
  兵力を持っていました。

  普通であれば、連合軍の圧勝に終るはずでした。

  当日の昼近く、戦場に豪雨が降りました。

イギリス東インド会社軍は、装備品が雨に濡れるのを防ぎ、雨が止むの
を待ちました。

  しかし、ベンガル太守軍は指揮官、兵士は突然の雨に対して、いかなる
  行動をすべきか、理解していませんでした。

  火薬樽、銃、砲を豪雨の中に放置し、使用不可能にしてしまったのです。

雨が止んだ午後2時、イギリス東インド会社軍が攻撃を開始しました。

  銃火器が使えないフランスとベンガル土侯の連合軍は、ただ殲滅される
  だけでした。

  この敗戦により、フランスはインドから撤退し、インドシナ半島へ向か
  いました。

  現在のベトナム、カンボジア、ラオスがフランスの勢力圏に入りました。

  イギリス東インド会社はインド各地に進出していきました。

  ムガール皇帝は有名無実な存在となり、イギリスから見れば『年金受領
  者』にすぎませんでした。

  セポイの乱(1857年〜1859年)のさなかの1858年、イギリ
  スは、ムガール帝国を滅ぼしました。

  インドはイギリスの植民地となったのです。


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